犬島プロジェクトとは
1995年に瀬戸内海の小さな離島の犬島に出会った時、その島に打ち捨てられていた日本の近代化を担った製錬所の遺構に、自然エネルギーによる環境の再生とアートを組み合わせて 近代主義批判を試みるプロジェクトを直感的に構想した。なぜ自然のエネルギーと環境の再生なのか。化石燃料による発電所の遺構や銅の製錬所の遺構が排出していた膨大な量の煤煙を想像することは容易であり、現に遺構のある敷地では未だに草木が生えないところが多い。 地球から搾取した化石燃料をエネルギーとする経済は、地球の許容量をすでに超えた。 今を生きる者は持続可能な経済のあり方を模索しなければならないフェーズに来ていることは明らかだ。加えて、その遺構に産業廃棄物が持ち込まれそうになっていた事実は、私を行動へと駆り立てた。すぐ近くの島では産業廃棄物の不法投棄が顕在化し始めていたのだ。都市の消費活動は地方の犠牲のもとに成り立っている有様が、この小さな離島にも現前していた。なぜ日本の離島でアートなのか。ニューヨークでアーティストとして活動していた時、アートと資本主義の共謀を目の当たりにしてきた。直感的に9.11の直前にニューヨークを離れ日本に戻ったのも、グローバリズムによる資本主義の只中で踊りたくはないという思いがあったの かもしれない。あるいは、何か自分のオリジンに関わる表現 の場を魂が渇望していたのかもしれない。そのような時に犬島に出会った。中心ではなく周縁から、そしてユーラシア大陸の周縁の日本という群島で、海からの視点で創作を試みたいと思った。 離島でのプロジェクトは犬島の構想に先立って、 サンフランシスコ湾に浮かぶ収容所島で知られるアルカトラズ島で、1996年にテンポラリーなプロジェクトとして実現していた。その動機は、アルカトラズ刑務所に日系2世がアメリカ国家反逆罪で16年に及び冤罪で留置されていたことに触発されたからだが、離島にはある種極端な事象が凝縮して凍結されていることが多い。犬島は日本が国民国家として近代化していく過程での残滓と、八百万の神々と暮らす高齢化した島民の日常が、小さな島に同居していたのだ。
離島、中心と周縁近代化
産業遺構、高齢化した島民の日常
自然エネルギーと環境再生技術、島の資源の活用
三島由紀夫
精錬所美術館はこれら複数のレイヤーが重層的に織りなすことにより、戦後の日本へのメッセージを構成している。そして構想から完成までに13年を要した歳月は偶然にも思いがけない素材との出会いを準備した。 三島由紀夫が12歳から25歳まで住んでいた家の廃屋である。「太陽と鉄」の「イカロス」の地下回廊に加えて、「英霊の聲」そして「檄」らの作品化に肉体が与えられた。
なぜ犬島で三島由紀夫なのか。
日本が西洋化していく過程で何を失ったのか。戦後のアメリカとの安全保障体制のもと経済至上主義に邁進した日本は何を見失ったのか。 戦後民主主義批判の素材として三島が残したメッセージは犬島プロジェクトの構想において一貫して重要であった。 単に自然エネルギーや環境再生をアートと組み合わせてもエンジニアリングとの融合にしかならないからだ。 魂=アートを入れる必要があるのだ。近代化の廃墟という舞台で「日本」について考える装置を創るための役者は揃った。 昭和を表象する小説家の廃屋という抜け殻を新たに得て、 死者とまだ生まれ得ぬ者という他者との交信の場として、精錬所美術館という器の本尊とした。そしてその本尊は収められる器としての建築と綿密に一体化している。 巨石を産出することで知られる犬島の40トンの岩の水盤の上に三島の三畳間の書斎を吊るした。廃屋のファサードは製錬所廃墟から集めた漆黒のスラグで皆既日食の黒い太陽を表象した。 天に突き立つ煙突のカ学は、溶鉱炉を連想させる地下の迷宮の紅炎の太陽と対峙し、空気の流動とともに鏡の迷宮から逃走するイカロスを飛び立たせる。 空気の遮蔽のための六畳間は死者の呪詛を闇に呼び起こし、一転して、 瀬戸内の陽光に晒された八畳間ではメッキで光る檄文がパンドラの箱から表出した。地下の迷宮から飛び立ったイカロスは、太陽に近づきすぎて翼が焼かれ地に叩きつけられるその瞬間何を考えただろうか。東京の三島の廃屋は、 私との出会いによりアートとして周縁の離島に転生した。 言い換えると、私が犬島の廃墟と出会ったことで三島は犬島に転生し精錬所美術館として蘇生したのだ。
2016年8月15日 柳幸典
(Yukinori Yanagi “Wandering Position” / 2016, BankART 1929発行より)